なぜブランドを学ぶと混乱するのか。
ブランドについて学んでいるのに、いざ自分の事業で何かを決めようとすると、判断に迷う。読んだときには納得したはずなのに、実務に戻ると、何から手をつければいいのかわからない。私自身、ブランドを運営しながら学ぶなかで、そうした経験をしてきました。
その理由の一つは、「ブランド」という同じ言葉で、異なる範囲の話が語られていることにあると思います。そして、その範囲の違いや、互いのつながりが、十分に説明されていないのです。
例えば、クリエイティブの立場では、企業の思想や商品の価値を掘り下げ、コンセプトや世界観を定め、デザインや言葉でどう表現するかを考えます。一方、マーケティングの立場では、顧客がどんな場面で商品を必要とし、どう知り、選び、購入するのかを考えます。
さらに、マーケティングの中でも立場はさまざまです。ECを中心に広告やサイトを改善する人もいれば、大手消費財メーカーで、小売店の棚を確保し、広範な広告展開によってブランドを育てる人もいます。PRを通じて社会との接点をつくる人、SNSで認知や顧客との関係を育てる人もいます。
それぞれが、独自の視点でブランドについて語っています。その方法はある条件では非常に有効でも、商品、販路、予算、事業の段階が違う自社に、そのまま当てはまるとは限りません。ところが、そうした前提が省かれ、「ブランドをつくるには、これが重要だ」と説明されると、学ぶ側は、部分の方法を全体の方法論として受け取ってしまいます。
全体像が見えていなければ、施策を実行しても、それが顧客の何を変え、どう売上につながるのかを捉えられません。何を期待して投資し、何を見て成果を判断するのかが曖昧になり、うまくいっても、いかなくても、その理由がわからないままになります。
そうした経験が重なると、「ブランドはよくわからないものだ」と感じるようになる。そして、ブランドを育てるという視点から離れ、商品機能の改善や目先の販売施策など、効果を捉えやすい個別の取り組みに判断が偏っていくこともあります。
ブランドを学ぶと混乱するのは、異なる立場や条件における説明が、その違いや全体とのつながりを示されないまま、同じ「ブランド論」として語られるからです。だからこそ、その説明が「どの立場から、どんな条件で、何の課題に答えているのか」を確かめる必要があります。個々の方法を全体の中に位置づけ、自社の課題と結びつけて理解することが、学んだ知識を実際の判断に生かすための土台になると考えています。
ブランドの定義について
ブランドとは何でしょうか。高級なバッグや時計、美しいロゴ、統一された世界観を思い浮かべる人もいると思います。ただ、これらはブランドの一例や、それを形づくる要素です。
私は、ブランドを次のように捉えています。ブランドとは、ある商品や企業など、識別できる対象に結びついて、顧客の頭の中に蓄積された記憶・連想・期待のまとまりです。
例えば、近所のカフェを思い浮かべてください。店の名前や場所、お店の雰囲気などが頭に浮かぶなら、あなたの中には、すでにそのカフェのブランドが形成されています。その浮かんだ情報が『いつも混んでいる』『接客が良くない』などネガティブな情報が浮かんでも、それはブランドです。
企業が意識して設計していなくても、ブランドは形成されます。よい印象だけでなく、悪い印象が蓄積されることもあります。また、ブランドと差別化は同じではありません。差別化は、他との違いによって選ばれる理由をつくる方法の一つです。明確な違いを打ち出していなくても、顧客の中に記憶があれば、ブランドは存在します。
事業運営において重要なのは、強さです。結論、強さとは売上につながっているかどうかです。その点について以下の章で説明します。
ブランドの強さとは
顧客がある商品や企業を認識し、記憶や期待を持っていれば、その人の中にはブランドが存在します。では、強いブランドと、弱いブランドの違いは何でしょうか。
その構造は、B/SとP/Lの関係にたとえると理解しやすくなります。顧客の中に積み重なった知名度や信頼、好意、憧れを、B/Sに無形の資産として置いてみる。その資産は、顧客の中に蓄積された記憶・連想・期待が、将来も選ばれる力であり、売上と利益を支える事業構造になっているか?が、大きな違いだと考えています。
実際、企業買収などで取得したブランドが、無形資産として『のれん』という名目でB/Sに計上されることはあります。自社で育てたブランドの価値は、通常、そのまま決算書には表れません。ここで大切なのは、会計上の計上の有無にかかわらず、顧客の中に蓄積されたブランド資産が、日々の売上と利益を支えるかどうかです。
強いブランドは、積み上げたブランド資産から収益を生み出しながら、その資産を守り、さらに育てていきます。一方、ブランド資産の蓄積が弱ければ、過去の活動が次の購入を支える力も弱くなり、目先の売上をつくるための広告や値引き、営業活動への依存が大きくなりがちです。
では、そのブランドの資産は、具体的にどのように売上や利益につながるのでしょうか。鍵となるのは、何かを必要とする場面で思い出され、購入の候補に入り、選ばれることです。
例えば、「大切な人への手土産が必要になった」ときに、あるお菓子のブランドが浮かび、「ここならおいしいし、相手にも喜んでもらえそうだ」と感じて購入する。こうした購買につながる状況やきっかけを、カテゴリーエントリーポイントと呼びます。この場面では、顧客の認識ベースでの蓄積された記憶(価格、ブランドエクイティ、製品パフォーマンス)が想起を生み、選択を後押ししています。
ブランド資産が育つことで、購買場面での想起率や購入率の向上が期待できます。さらに、購入後の体験が期待に応えれば、リピートや口コミ・紹介にもつながります。値引きに頼らず選ばれる理由が強まれば、価格を維持しやすくなり、粗利率を高める余地が生まれます。広告や営業も成果につながりやすくなり、顧客獲得費用の負担が下がれば、営業利益率の改善にもつながります。
その効果は、売上や利益にとどまりません。顧客から支持されることは、従業員の仕事への誇りや満足度を支え、採用や定着にも好影響を与え得ます。取引先からの信頼は、販路や協業の機会を広げます。継続購入が積み重なれば、収益の見通しが立ちやすくなり、事業の安定性と、商品開発や人材への投資余力も高まります。強いブランドを持つ企業はそのような好循環を生み出しやすい環境になります。
一方で、どれだけ知名度があっても、実際に何かを必要とする場面で思い出されず、購入の候補に入らなければ、その知名度は売上に結びつきにくくなります。「知っているブランド」であることと、「必要なときに思い出し、選ぶブランド」であることの間には、隔たりがあるのです。
私は、ブランディングが事業の成果につながらない場合の大きな要因の一つは、この隔たりにあると考えています。企業が伝えたい世界観や、デザインによる差別化、広告やPRによる話題づくりに力を注いでも、それらが顧客の購買場面と結びついていなければ、知られているのに選ばれないという状態が生まれます。
だからこそ、「顧客はどのような場面でこのカテゴリーを必要とし、そのとき、なぜ私たちのブランドを思い出し、選ぶのか」という購買場面における問いを、全ての事業設計の起点に置くことが重要であると考えます。どの購買場面とブランドを結びつけ、どのような記憶や期待を育て、実際の体験でそれに応えるのか。その積み重ねが、ブランド資産を育て、将来の売上と利益を支えていく。
ブランドの社会的意義
強いブランドを育てることは、これまでB/Sにたとえてきた、顧客の中のブランド資産を積み上げることです。その効果は、日々の購入を支えながら、中長期にわたって少しずつ積み重なっていきます。
一方、その資産を育てず、短期の施策にばかり注力していると、成長が頭打ちになり、常に明日の売上を追い続ける状態に陥りかねません。経営陣も目先の対応に追われ、長期のことを考える余裕を失い、組織全体が疲弊していく可能性があります。そのような企業が限界に達すると、何か不祥事につながるかもしれません。
ブランド設計の考え方を学び、強いブランドをつくろうとする意識を持つことは、日々の意思決定に長期の視点を取り入れることでもあります。顧客に選ばれ続けるために、商品を磨き、人を育て、取引先との関係を築く。そうした取り組みがブランド資産を育て、将来の利益を支え、その利益が次の投資を可能にする。私は、ここに、企業の成長と人や社会の豊かさをつなぐ好循環が生まれると考えています。
この循環を育てるには、ブランド資産を増やす「攻め」と、積み重ねてきた資産を毀損させない「守り」の両方が必要です。具体的な例を通して、ブランドを作ろうとするその意識が社会的意義につながるのかを考えていきます。
攻めの施策――ブランド資産を育てる
強いブランドは、購買のきっかけとなる場面で思い出され、選ぶ理由を持たれているブランドです。その「選ぶ理由」を考える上で、私は、価格、製品パフォーマンス、ブランドエクイティという三つの観点を重視しています。いくらで買えるのか。どのような機能や品質、使い心地を得られるのか。そして、そのブランドにどのような記憶やイメージ、期待を持っているのか。これらが重なり合い、顧客の選択に影響します。
なかでも、ブランドエクイティを育てる上で中心的な役割を果たすと考えているのが、ブランド連想です。「品質がよい」「職人の技術が受け継がれている」「人や自然を大切にしている」。ブランドに結びついたこうした連想は、その商品を選ぶ理由に大きく貢献します。
ただし、企業がそう伝えるだけで、顧客が信じてくれるとは限りません。そこで重要になるのが、その価値や約束を信じられる根拠、RTB(Reason to Believe)です。私はこのRTBを作り上げていく意識を持つことで、企業は中長期利益を生み出す資産を増やしながら、社会にとって善となる行動をとれるのではないかと考えています。
機能的価値の根拠
「丈夫で長く使える」という価値は、耐久試験の結果や修理体制によって裏づけられます。それを支えるのが、製造技術・品質管理の向上と、修理を担う人材の育成です。従業員が技能を磨き、働き続けられる環境が、長く使えるという信頼を支えます。
「優れた素材や職人の技術を味わえる」という価値は、原材料の出自や製法、つくり手の技能に支えられています。生産者や職人が適切な対価を得て、品質改善や技術継承に取り組める関係が、その価値を将来につなぎます。
情緒的価値の根拠
被災地や子どもたちへの継続的な支援、地域のスポーツ・文化活動への協賛は、「人や社会を大切にする企業だ」という認識を支えます。掲げる理念が、従業員や取引先への日々の対応にも表れていることで、信頼はより確かなものになります。
ブランドの価値観を暮らしや活動で体現するインフルエンサーに商品を使ってもらうことも、「自分の価値観と重なる」「憧れる人の暮らしを取り入れたい」という共感や憧れにつながります。知名度に加え、その人の行動とブランドの姿勢が一致していることが重要です。
スポンサーシップも同様です。挑戦を大切にするブランドが、挑戦の機会を広げるスポーツ団体を支援する。自然との共生を掲げるブランドが、環境保全団体の活動を支える。こうした支援を継続することが、ブランドの価値観を行動で示し、その姿勢を信じられる根拠になります。
誰に使ってもらい、誰と協働し、何を支えるのか。その選択と行動がブランドの価値観を具体的に表し、共感や憧れ、信頼を育てるのです。 こうしたつながりも、情緒的な価値を支えるRTBとなり、「このブランドを選びたい」「このブランドを持つことが、自分らしさにつながる」という気持ちを支えます。
ここに、企業の経済合理性と社会的意義がつながる接点があります。企業にとって、従業員の育成や働く環境の改善、取引先との持続的な関係づくり、環境保全や地域への貢献は、ブランドの価値と信頼を支える投資として位置づけられます。こうした活動が顧客に伝わり、好ましい連想や確かな信頼として蓄積されることで、ブランドエクイティが育っていきます。
人や社会への投資がブランド資産を育て、その資産が中長期の安定した利益を支え、生まれた利益がさらなる投資を可能にする。この循環を育てることで、企業は中長期の利益の最大化を目指す中に、人や社会を豊かにする活動を継続的に組み込めるようになるのです。
守りの施策――知らぬ間にブランド資産を毀損させてしまっている。
強いブランドをつくるには、ブランド資産を高める施策に取り組むと同時に、これまで積み重ねてきた資産を毀損させない「守り」も重要です。顧客の中に育ててきた記憶・連想・期待は、日々の事業活動によって強化される一方で、気づかないうちに傷ついていることもあります。
長期的なブランドづくりでは、将来の購買場面で思い出され、選ばれるための資産を育てていきます。一方、短期の売上や購入の獲得を目的とする施策では、その成果を急ぐあまり、ブランド資産への影響が見落とされがちです。短期施策がブランドを毀損しやすくなるのは、その評価が「今、どれだけ獲得できたか」だけに偏ってしまうときです。
売上、獲得件数、顧客獲得単価、広告費に対する売上。こうした指標は、事業を運営する上で欠かせません。しかし、それだけが成功の基準になると、担当者は、その数値を改善するための判断を重ねるようになります。将来の信頼や選ばれる理由への影響が評価に含まれていなければ、ブランドを傷つける施策も、社内では「成果の出た施策」として繰り返されかねません。
これまで述べてきたように、ブランド資産は、将来の売上と利益を支えるものです。その蓄積が進まず、むしろ減っていけば、売上を維持するために、より多くの広告や値引き、営業活動に頼らざるを得なくなる可能性があります。広告費や獲得単価の変動に業績が左右され、売上が足りなければ「もっと広告を出そう」「もっと営業に行こう」という判断が繰り返されるようになります。
こうして短期の施策にばかり注力していると、活動量を増やしても利益を伴う成長が難しくなり、常に明日の売上を追い続ける状態に陥りかねません。経営陣も目先の対応に追われ、商品を磨くことや、人材を育てることなど、長期に向けた取り組みに時間と資金を割けなくなる。短期への依存がさらに強まり、組織全体が疲弊していくのです。
では、日々の事業活動の中で、どのような判断がブランド資産を毀損させるのでしょうか。例えば、値引きによって売上が伸びたため、キャンペーンの頻度を増やしていく。やがて顧客は、商品の価値よりも次のセールを待つようになり、「このブランドは定価で買う必要がない」という認識が育つかもしれません。新規顧客だけを優遇し続ければ、長く購入してきた顧客に、大切にされていないと感じさせることもあります。
広告の反応を高めるために、商品の効果を過剰に強調したり、不安をあおったりすることも同様です。購入率は上がっても、実際の体験が期待に届かなければ、信頼は損なわれます。営業担当者が契約件数を追うあまり、顧客に合わない商品を勧めたり、実現できない約束をしたりすれば、その場の受注と引き換えに、継続購入や紹介の機会を失う可能性があります。
また、目先の反応を求めて、広告やパッケージを毎回流行の表現に変えてしまうことにも注意が必要です。顧客がブランドを見分ける色や形、言葉まで失われれば、過去に積み重ねてきた記憶を活かしにくくなります。注目されても、どのブランドの広告だったかが残らない。そうした状態では、接触のたびにブランド資産を積み重ねることが難しくなります。
毀損は、広告や営業だけで起きるものでもありません。利益率を改善するために、顧客が評価していた原材料や製法を安易に変える。対応件数を優先して、問い合わせや不具合への対応を粗くする。販売先や店舗を急速に増やし、品質や接客を管理しきれなくなる。こうした判断も、顧客がそのブランドを選んでいた理由を削ってしまう可能性があります。
値引きも、効率化も、事業の拡大も、それ自体が問題なのではありません。確かめるべきなのは、その成果を得る過程で、顧客の中に何が残り、何が失われているかです。だからこそ、普段の意思決定では、短期の成果を生み出しながら、ブランド資産を維持し、できればさらに高めることを目指したいと考えています。
ブランド運営のマネジメント
短期の成果を生み出しながら、ブランド資産を守り、育てていく。そのためには、数値や理論に基づくマーケティングと、個人や組織が持つ美意識を組み合わせることが重要だと考えています。
数値による管理では、売上や獲得効率に加え、狙った購買場面で思い出されているか、育てたい連想が伝わっているか、品質への信頼が保たれているかを確かめます。ただし、ブランドの状態を一つの指標で判断することはできず、変化が数値に表れるまでには時間がかかることもあります。またプレミアムブランドであれば、そのブランドに対する憧れを計る指標も重要な指標になるでしょう。
また、中小企業や創業間もないベンチャーでは、十分な計測体制を整えること自体が難しい場合もあります。私の実務感覚では、事業の特性にもよりますが、ある程度の規模になるまでは、精緻な計測の仕組み以上に、意思決定者や組織の美意識を高めることへ力を注ぐほうが、効率的な場合が多いと考えています。把握できる数値や顧客の声を活用しながら、成長に応じて計測を充実させていくことが現実的でしょう。
ここでいう美意識とは、単なる見た目の好みではありません。顧客にどのような価値を届け、そのために何を大切にし、何をしないのかという判断基準です。この表現はブランドにふさわしいか。この売り方は、信頼や憧れを損なわないか。写真、言葉、包装、接客などの細部に、その基準が表れます。さらに、その美意識を組織に浸透させていくことも、ブランドの一貫性を保つ上で重要です。
会議・議論の中心となるのは、企業の美意識と、理論に基づくマーケティングの知見の間で、最適な接点を探ることです。 顧客に届き、選ばれるための合理性と、ブランドらしさや魅力をどう両立させるか。具体的な表現や施策をもとに議論し、判断の理由を共有することで、個人の感覚を組織全体の判断力へと育てていきます。